自己紹介

はじめまして!

宇野詩織(うのしおり)です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご訪問ありがとうございます。

 

そのあたりにいる主婦ですが、アドセンスについて発信をしています。

まずは、自己紹介させていただきます。

 

 

名前:宇野詩織

 

好きなもの:

・据え置き機でどっしりやるドラマ性のあるRPG

・根拠のあるっぽい占い(16パーソナライズ、星座占い、姓名判断、手相占い、最近だとしいたけ占いが好きです。)

・マンガ(ジャンル問わず。長編を読み始めると徹夜率が上がります…)

・家の中の物が必要十分なものの量であること

・ネットサーフィン

・温泉

・寝ること

・安いのに美味いもの

 

 

苦手なもの:

・人口密集率が高い空間

・感情を入れずに淡々と作業すること

 

 

 

 

日常

・現在進行形でネットビジネスで200万円を超える投資

・費用回収は思うように進んでおらず、同じようにネットビジネスに投資をしているけれど稼げるか不安を持っている人の役に立てばとメルマガとグーグルアドセンスを実践、その様子を発信中

・サラリーマンの妻

・完全に家にいるため、家事育児の合間に、スキマ時間の作業

・食費は3~5万円

 

 

元々、大学卒業後は7年ほど、

会社員として働いていました。

 

 

まだ小さな子どもがおり、

仕事を続けようか葛藤はありましたが、

どうしても子どもといたい気持ちを優先させ、

出産を機に退職しました。

 

 

 

なぜ専業主婦になったのか

・子どもがかわいい。

・早起きが苦手。

・わたし横並びの自身集団生活が嫌いだから、年端も行かない子どもに同じ思いをさせたくない。

・夫の協力は得にくく、フルタイムでワンオペが目に見えている。

・→めちゃくちゃイライラして、子どもにあたり、何のために働いているかわからないという現実だけが想像できる

・保育園の資格職(保育士・管理栄養士)の給与面の待遇が良くない。自分ならその職場で働きたくないのに、そうやって働いている人たちのところに子どもを預けるのか?

 

偏った価値観のエゴだらけですけど、

だから子どもを預ける気になれませんでした。

 

 

自分が完璧に子どもを育てられているか?

と考えると、自信は持てませんが

それでも、小さな頃に親と一緒にいられるっていうのは

大事なことだなって思っています。

よく大人げなくキレていますけど。汗

 

 

多分、小さいころ母親が一緒にいてくれて、

楽しかったからかもしれません。

しっかりとは覚えてませんけど。

 

 

人間関係に職場環境が左右される、

会社勤めが嫌になったこともあります。

 

 

なので専業主婦を選びました。

 

 

 

 

なぜネットビジネスをはじめたのか

 

「ネットビジネスで稼げてるから、

生活に何の心配もないぜウェエイ!」

となりたいのが一つ。笑

 

いつでも自分でお金を稼げるんだ、

という自信がほしいのが一つ。

 

 

今後はAIなどの研究も進んで、会社に勤める、という働き方もどんどん変わって、

個人の発信力で生きていく時代になるだろうなって漠然と思っています。

 

もし、そんな時代になったときに、

 

「自分で人に価値を提供できない=稼げないのは怖い」です。

 

だから、今やってみるかー後悔したくないし、今が一番若いしな。

的な、ノリです。

 

 

 

 

育った環境と考え方

母親の影響がものすごく強いです。

自分でしっかりと考えて決定した、という経験が少ないまま大人になったような感覚があります。

 

 

固い仕事の父に、専業主婦→途中からダブルワークをこなすタフな母親のもと、育ちました。

小中学校は公立、高校大学は私立。

何不自由なくすごさせてもらいました。

 

 

今考えると、中央値以上に稼ぎがあるのに

「うちは貧乏だから…」

 

 

と言う家庭でした。

お年玉はすべて親に預け、貯金されていました。

高額な品物は誕生日とクリスマスの年二回でしたが、

自分が完全に希望したものを

もらえたことは、あまりなかった気がします。

 

 

余裕がないから必要なお金だけ使うスタンス、

という意味だったようなんですが

わたしは意図の100%を聞いても理解が怪しい子でして…。

 

 

なので言葉通りに受け、

子供ながらに遠慮して

ファミレスで一番高いメニューを頼むこと、

スーパーでは100円以上のお菓子をねだることはしない子どもでした。

(ねるねるねるね、より駄菓子。)

 

最近になって親にその話をしてビックリされました。笑

 

 

 

父はあまり口出しをするタイプではありませんでしたが、

母親は意見をしっかりと伝えるタイプ。

 

 

進学の時など大事な場面では

こうしたほうが良いと思うと言われると、

 

「自分はこう思ってるけど、

自分のことをよく見ていて、

社会経験のある親が言うのだから正論なんだろう、

従っておこう、」

 

と思って思考放棄して

楽な方向に流されてきました。

 

 

高校の願書すら、母に「書こうか?」

と提案され、

それに甘えて自分で書きませんでしたからね。

受験料いくらだったんだろう…自分で書けや…。

 

 

就職の時は、

「このままではいけない、どうにか自分で決めなくては」

と思って自分で決めたはずの会社になじめず、

やっぱり自分の決定だとうまくいかない、ダメなのかな…

と思って凹みました。

 

 

今思えば、求められる適正と、

自分の得意が完全にミスマッチだっただけなんですけど。

勤めている間に数回病みました。

 

 

さらに、

両親「経済的に有利だから、無理に出なくても」

ということで、結婚するまで実家にいさせてもらいました。

 

 

ずっと一人暮らしへのあこがれがありましたが、

それでも

「社会的に安定して生活している両親の言うことだから間違いない」

「自分で選択したことは間違ってるだろうから、ダメだ…失敗したくない…」

 

 

と、自立した考えを持てないままでした。

完全に自己不信です。

 

 

ただし、元々は我が強いほうなので、

ゆがんでいたと思います。

趣味など、大きく進路からはずれないような決定は

思うようにやっていました。

 

 

日夜パソコンにかじりついて

RPGツクールに全身全霊で挑んだり。笑

 

 

なので、意見はしっかり持っていたんですけど、

人生を決めるような選択肢については、親に否定されるのが怖かったのと、

親を説き伏せてまで選んだ選択がダメだった場合に

自分の選択が間違いだったと思いたくなかったんです。

人のせいにできる選択肢を残していたんだと思います。

 

 

経済的には貯蓄も、恐らく同世代以上にできていました。

何不自由ありませんでしたが、

自己評価が低く、生きているのが辛く感じられていました。

社会に出てから、「すごいね」と言われる評価すら、快く受けとれませんでした。

 

 

今思えば親に何と言われても

自分の意見を通して、自己決定してやっていったほうが良かったです。

自分で選んだら、人のせいにできなくなって、

たとえ失敗したとしても自分の選択だから、納得できるはずだからです。

 

 

そんな気持ちもあって、

自分で考えて決められないことに決別して、

今自分で考える力をつけてお金を稼ぎたい

とも、強く思っています。

 

 

アラサーにして自立という当然のことをかなえようとしている感覚です。

 

 

子どもに、自分で決められない親の姿を見せたくないですし。

夫が伴侶として選んでくれた以上、見合うように稼げる力を持った人間でありたいですし。

 

 

 

 

今の考え方

ネットビジネスでの成功者の方たちと知り合い、

直に会える機会に恵まれて、

 

 

人に価値を提供した対価こそお金である、

という考え方になれました。

 

 

時間をどのくらい提供したのか、

ではなく、

与えられた価値によってもらえる金額が変わる

ということ。

 

 

後は実践して場数を踏んで稼ぐのみ。

価値ある情報を出せるように自分なりに努力しています。

(まだまだ実力不足です…が、がんばろ…)

 

 

わたしが実践してお金を稼げるって体現出来たら、

自己不信だったような弱かった自分が、

人の希望にもなることだってできます。

 

 

あ、できたらそれが最小限の労力で、

最大限の結果として返ってくれば嬉しいです。

働けなくなっても、自分の努力が自分を助けてほしい。笑

 

 

 

16パーソナライズ診断、簡易的ですけど12問でできるやつです。

わたしの結果は↓ でした。

ENFJ 人の幸福を願う人

 

かなり当たってます。

自分の良いところとか、特徴がみられて

テンションが上がりますよ。笑

 

 

 

 

さて、そんな考え方を持ってネットビジネスをやっているわけですが、

もうちょっと詳しい過去のことも共有していけたらと思うので

よろしければご覧ください。

 

 

 

 

小学生~ 変わった委員長タイプ

小学生の頃はいい思い出にあふれています。

 

特に勉強しなくても

テストだと90~100点取れているタイプ。

学級委員とか、図書委員とか、

そういうお堅いところに推薦されていた気がします。

 

 

休み時間は教室で一人絵を書いているか、

本やマンガを読んでいるか、

一人で黙々と鉄棒をしていました。

そこに興味を持った子が寄ってきてくれて、

友達になる感じでした。

 

 

自分では自覚がありませんでしたが、

やることが他の子と違って独特なので

目立っていたそうです。

(これは、今の周りの人の評価を聞くに、現在も変わらないようです…)

 

その時の友人とは、今でも仲良くしています。

 

 

そういえば、

お小遣いが

1年生で100円、2年生で200円…とか、

学年ごとに増やしてもらえるシステムだったのですが、

少ないなと感じ交渉するも失敗し、

なんとか自分で稼げないかな、と思っていました。

 

 

そこで、

自分の発案で

不用品を現金でバザーしよう!

と、友達の家で同級生5人くらいと集まって開催したことがあり。

(便箋、ペン、ガチャガチャで取ったおもちゃ、手作り品などをお互いに販売)

 

自分で価格をつけて、値段交渉する、

ってところまで、小学生だてらにやってしまいました。

 

 

これは唯一、先生にも親にもすごく怒られました。笑

 

 

今思うと、身内にものを売って

少しでも儲けようと考えること自体、

ゲスいなとわかるのですが、

10聞いてやっと少し理解できる?という子なので、

もうちょっとわかるように説明してほしかった記憶があります。

 

このころから物を売ってお金にする、

っていう感覚は持っていたようで、

個人で売買することに何の抵抗もないのは今もあまり変わりません。

 

 

 

それから、

確か、幼稚園の頃に

いとこから譲ってもらった

ドラクエやシューティングなど、

ファミリーコンピューターからゲームにはまっていたのですが、

 

 

決められた30分とか、1時間などの時間制限を守れず、

朝活をしてまでプレイ、親が寝たのを見計らってこっそりプレイするなど、隠れてやりすぎていることがバレて没収され。笑

 

 

なので小学生の頃は

放課後よく、ゲームやマンガのある

男子の家に、ちょろちょろと遊びに行ってました。

 

女子でゲームをしている子と友人になってからは、

小説・マンガ・蔵書5,000冊~

ゲームまでひとそろえある天国のような友人ちで借りてひたすら読むか、

スーファミやニンテンドー64に没頭していました。

 

 

今思うと、自分でゲームやマンガを買う

お小遣いが足りなかったので

反動で入り浸っていたように思います。

 

 

 

自分は、あのころあの友人たちに出会えなかったら

さぞフラストレーションがたまっていたことでしょう。

うちでは買ってもらえませんでしたから。

 

 

しかし、あまりにわたしがはまりすぎて

与えないのもグレるかも、マズいと思ったのか、

誕生日プレゼントでゲームボーイを買ってもらったり、

ニンテンドー64を買ってもらったときは

ものすごく嬉しかったなぁ。

発売してからずいぶん後でしたけど。

 

 

 

うちの両親はお金をいかに使わず楽しんで生活するか?

みたいなところがあり、

 

週末はお金のかからない公園に

連れていかれ…いや、連れて行ってもらっていました。

本人は引きこもっていたかったです。笑

 

 

いつも母が用意してくれた弁当と水筒を持参だったのですが、

車の帰り道でのどが渇いても、

自動販売機などで飲み物を買ってもらえなかったことが。

「うちは貧乏だから仕方ないんだ…」

と我慢していました。

 

今は家計を任されているので、その大切さもわかるんですけど

当時はもっとうちに金があれば…と思ってました。

 

 

 

そういえば、

 

掃除の時間に

教室の板張りのフローリングのすきまを

コンパスの針を使ってでも掃除するのにはまっていたことがあります。

 

自分の労力とかより、

やりきったという達成感を追求する子でした。

 

しかも日々の掃除は全力。ぞうきんがけ係の時は自分の担当範囲のフローリングが光るまで雑巾がけしてました。

 

それに加えて、

「今日の掃除の時間は、通常の掃除プラス、5マス分絶対やってやる…」

とか。

 

 

誰にも頼まれてないのに何をやっとんじゃ。笑

 

 

今もそういう

「望まれていないのに自分の達成感のためだけにやる」

ところがあるので、

こればっかりは仕方ないかとあきらめています。

 

 

親戚にパソコンに異様に詳しい人がいて、家にウィンドウズ95のパソコンが来たんですよね。

勉強にもなるからと、良く父に触らせてもらっていました。

小学生のころから触っているためか、パソコンは抵抗なく好きです。

 

 

 

このころは特に大きな進路の選択などもなかったので、

のびのびと自由にしていました。

 

 

 

 

中学生~ 挫折を経験する。横並びが苦痛。

中学生のころに、勉強でも部活でも挫折しています。

 

 

小学生のころ、あまり努力せずに

人並み以上の成績をとれていたばかりに、

机に座って自分で勉強をする、ということを知らなかったんです。

 

 

なので、成績は落ちました。

現代文などは得意でしたが、

ただ、数学はギリギリ平均点か、その下。

成績が落ちてマズいなと思ったときにやり始めたんですけど楽しくなくて…あの時もうちょっと真面目にやっていれば…。

それでも中の上ではあったので、親に怒られたりはありませんでした。

 

 

あと、部活だと体育会系のノリが肌に合わず、入った運動部を1か月で抜けたという腑抜けっぷり。

県大会の上位を目指すようなところでした。

 

 

1年生の頃はまだ大丈夫でした。部活を抜けたのはすごく劣等感として残りましたが、

2年、3年と学年が上がるにつれて難しくなる勉強に、

決められた何かに立ち向かうことがものすごく嫌になり、決められたカリキュラムを思ったようにこなせない自分に、自信がなくなります。

 

 

自分から動くのは好きだったんですけど、

部活が続かなかった、という劣等感と、学校生活になじむのでいっぱいいっぱい。

学校でじっと座席に座って授業を受け続けるのも「嫌だな…」と思っていました。

 

 

失敗から周りの目を気にするようになって、

言葉も選ぶようになり、人と話をすることが苦手になりました。

上手く話そうとして、顔が真っ赤になるコミュ障。

 

 

話すより、文章にまとめたりするほうが気楽でしたので、かわら版など、文字や図表でまとめるものは得意でした。

あ、あと音楽とか美術とか、感覚でできるものは得意でした。

 

 

小学生の時と比べるとおとなしい、学校ではあまり意見をしない子になりました。

(家ではそれが溜まって頻繁に爆発してましたけど…)

 

 

 

スカートを短くしたり、部活後に外食に行ったり、恋バナをキャーっとしているようなリア充的な子はは苦手で、一緒には行動しませんでした。

ただ、うちの学年は「黄金世代」と呼ばれていたようで、いじめもほとんどなければ、上下の学年、周囲の公立中学に比べて成績がずば抜けていたらしく、荒れていて嫌だった記憶はありません。

それはとても運が良かったです。

 

 

 

ただ、

こんなやりたくもないことが義務教育?

高校、大学もこんなふうに続いていくのかな?

 

 

と知った気になって、何かを半ばあきらめていた気がします。

ちなみに息をひそめすぎて、数年後の同窓会でも当時の担任の先生方に

一切、覚えられていなかったです。

 

 

 

学校の横並びな感じはあまり好きじゃなかったんですけど、

この時期からパソコンにはまり始めて、そこでゲームをプレイしたり、作ることがとても楽しかったです。

 

 

すっごい楽しかったなというのは、放課後は趣味が近い友人とインドアで絵やマンガを描いていられたところと、

自分でシナリオを作って、ゲームを作ってみる趣味ができたことです。

 

 

このころから、友人と共同でゲームを作り始めます。

クリエイティブな何かをする、っていうのは好きで、

今、サイトやブログを作ったりするのにつながっています。

 

 

 

 

高校生~ 決めない、流される。

中学生のころからすっかり自信がなくなりました。

高校生の時はあまり記憶にありません。楽しくも、苦しくも、やりすごした意識が強かったです。

 

 

両親を見ていて、普通科の高校を卒業して、それなりの企業に入って、生活できるだけのお金を稼ぐ、という価値観でいたため、夢、みたいなものを持てなかったからです。

 

 

なので、高望みせず、流されるままに就職しておけば、大きな苦労もなく生きていけるかなって思ってたんです。

「好きなことで生きていくのは難しいんだよ、嫌いなこと以上に苦しいこともあるかもよ」

と教えられてきたのもあります。

好きだとなおさら、それがダメだったときに逃げ場がないからと…。

 

そこで、好きなことは趣味で仕事にはするものじゃない、と勝手に思い込んでしまったところがあります。

 

 

進学は母親の意見に賛同する形で決めました。

 

おとなしそうな子が多いから、受験勉強をあまりしなくても良さそうだから、体裁は良い学校だから、

という理由で、自発的な意思はあまりなくて流されるように指定校推薦を使い、なんとなく普通科の進学校に入りました。

 

 

高校に上がってからはあきらめたように、不思議と小遣いについて何も思わなくなりました。

少ない、とは思ったけど自分でどうにかする努力はしないというか。

バイト禁止か、じゃあいいや…という。

普段は家と学校の往復で、寄り道も一切しないような高校生活でした。

 

長期休みは少しバイトをしていましたが、お金のありがたみみたいなものは生まれませんでした。

両親のおかげで生活には一切、困っていなかったからです。

 

 

一番つらかったのは、似た趣味を持つ人間がほとんどいませんでした。

なんとなく決めて失敗した、と後悔しました。

 

 

なので、高校での生活は面白くなく、中学からのつながりのあるゲームを一緒につくっている子つるむことが多かったです。

それで、企画をして暇があればゲームの構想を練ったり、ドット絵を打ったり、実際に作って動かしたり、どこかの賞に応募してみたり。

友人以外の大人と、共同企画なんかもしていました。

 

 

高校なんてなければいいのにと思ってました。笑

 

でも、行かないと就職に響くし大学進学も考えると人生詰む、と思っていたので選択肢にはなく、電車に揺られる中、通勤する会社員のような気分でした。

学費出してもらって学校に行かせてもらってるのに!( ゚Д゚)

 

 

結局、好きなことはどこかでやってるのは変わっていません。

それなら失敗を恐れないで全力で挑戦してみなよ、と、今なら思うんですけど。笑

 

 

女子高であったためか、どこか投げやりになったからか、

コミュ障っぽいうまく話せないのはいつの間にかなくなっていました。

 

 

 

 

大学生~ 好きなことと日常が両立できなくなる

大学は、手に国家資格があればくいっぱぐれないし趣味としてゲームが続けられる!

と思って、食べるの好きだし、なんとなく、で国家資格の取れる大学に通うことにしました。

 

が、専門の理系ってハンパなく忙しい!

必修、選択必修、実習。

就活からの卒論、からの国家試験。

 

失敗したと思いました。ここは自分がいるところではない、と。

 

 

国家資格の取れる大学ですから、同級生が一つの目標に向かって進んでいる感じでまぶしすぎて。

自分はなんとなくであまり考えずに大体で来てるのが恥ずかしくなるし、理系分野は苦手なのに理系の勉強だしで、どうして自分はここに来たんだろうかと、深く考えずに決めた浅はかな選択を後悔しました。

 

親の手前、なんとか卒業して今は資格もありますけど…。

ペーパーで、使っていませんしね。

 

 

当然、時間もちょっと忙しい社会人並みに取れませんから、なんだか疲れがたまっておっくうになって、

ゲーム制作、という趣味はガタガタ。

人と進行させていた企画も、途中で風呂敷を広げすぎて自分がやりきれず消滅させてしまいました…。

 

 

パソコン欲しさと就職のための点数稼ぎに、バイトを入れまくっていたこともあります。

休みの日は課題と、制作と、バイトという生活だったんですけどいつしか疲れ果ててしまって…

 

 

もういやだ、と思ったときに、

食事にも、買い物にも、異性にも逃げたことがあります。

一時期ネットワークビジネスにものめり込みそうになったことがあります。汗

 

 

すさんでいた時は体重が人生MAXでBMIが24程度にはデブになってましたし、

通販で服を買うのにはまって汚部屋になってましたし、ひどかったです。

過食症やむちゃ食いも経験しています。

 

 

成功者の自己啓発本もいっぱい読みました。

金持ち父さん、貧乏父さんとかのお金についての考え方の本とか。

時間あるじゃん!( ゚Д゚)

 

 

お金についての本を読んだ段階で、お金持ちの思考は少し知ったのですが、やる気力もないし関係ないかな…と思って放置しました。

起業とか、自営業って自分で稼いでる感がすごいからあこがれではあったんですけど、

そこも親の影響で「大変だから」「組織勤めが結局楽」というのを聞いて考えるのをやめるというチキンっぷり。

 

 

ハタからみたら、ただの理系大学生(バイトして、ちょっとデブってる、単位は順調、買い物好き、授業はたまに寝ちゃう)です。

だから、両親からも学校からも何もとがめられませんでしたが、

でも、内心は自己嫌悪のかたまりでした。

 

自分で自分がおかしいな、と思いつつ、親からの目を気にして、社会的に見てギリOKかな?と思われるであろうラインを保とうとしていました。

 

 

今見るとアウトだと思いますけど。笑

 

 

人生の中でもかなり絶望した時期で、

自分でちゃんと決められなかった、手を出しすぎてやり切れないことが多すぎました。

本当に後悔です。

 

 

 

 

 

社会人~ お金を稼いでいる実感がない

就活は、人事の感じが良くて自分も知っている企業で、給料も悪くない、という理由で総合職で入社しました。

これも、人目を気にしてなるべく体裁の良いように、と思って行動したからです。

 

が、仕事が覚えられない、ミスを頻繁にする、常識がないと強く怒られる。

 

ここまで大きな失敗をしてこなかった分、

人生で一番つらかったです。

ブラック企業じゃなく、サービス残業ゼロ。残業もほぼなし。ホワイトです。

めちゃくちゃホワイトなのに順応できなかったんです。

学生の頃より食行動に問題が出て、体重も減ったり増えたり忙しかったです。

 

 

苦手なタイプの人間が多い、仕事中一人になれる時間がない。

基本的にはマニュアル通りの一律対応が求められて体育会系。同期とは常に比較される。

 

 

中学校の頃からずっと嫌だ、と思っていた、自分のイメージする横並びの集合体のような気がしました。

実際は会社なので、評価は相対評価ですし、横並びなどあり得ませんけど。

 

 

5年くらい勤めていたんですが、何度か病みました。

眠れなくて、薬を服用していた時期がけっこう長かったです。

 

休職制度もバッチリ使える良心的な企業でしたので、

マックスで休みを取り、3回休職、1年半は休んでいる。

なのにその間はすべて有給、という、ある意味伝説の社員に…。

 

 

家と職場の往復で、ときおりゲームを買ったりパソコンで遊ぶくらいだったので、

貯蓄はガッツリ増えました。

 

 

が、なんだか自分で稼いだお金という感じがほとんどしなかったんです。

自分が迷惑ばかりかけていて、誰かの役に立ってる自覚がわかなかったから。

 

なので、誰の目から見てもお金はあるのに、

自分には稼ぐ能力がないんだ…これは会社で決まってるからもらえている恩情みたいなもので、人様の頑張りを分けてもらったお金だ…」

と悲観していました。

 

同時に、

「そのお金をなくしてしまうのが怖い、自分で稼げないよ…」

とも思っており、稼ぐ能力がないと思っていることが、非常にコンプレックスでした。

 

世間の目を気にして、それなりに大きい企業にいる自分。

自分の保身のためだけにやむをえず仕事に行って分け前を恩情で分けてもらってる自分。

ってマジで思ってました。

 

 

これは今の、

「人に価値を与えて稼いでいる実感をもちたい」

という欲求に深くつながっています。

 

 

食うに困る、とかはわりと好待遇でしたから考えたこともなくて。

一人暮らしではなく実家暮らしで、両親のところにいたのも大きかったです。

恵まれてます、恵まれすぎてます。

なのに、いろいろとこじらせてしまいました。

 

一度は土日ライターをしていた時期もあるのですが、

単価が安すぎたことに心が折れて、ものになる前にやめてしまいました。

 

 

ちなみにその時に出会って結婚したのが今の夫です。

彼が安定して働いていてくれたこともあり、

結婚してはじめて、やめる、という選択肢が頭に出てきました。

 

 

それまで勤めている会社の待遇の良さから転職が怖かったのと、自信がありませんでした。

 

なので、この企業からは

「もう無理なんだ、挑戦する気力もなくなった、向いてなかった」

と納得できるまでお世話になり、逃げるように転職しました。

 

今も疲れたりすると、

仕事ができなかったときのことを悪夢として見ることがあります。

 

 

結婚で生活の心配がなくなったと思ったから離れた、ってことですから、ズルくて打算的だなとは思います。

だから、夫には感謝しています。

 

 

結局、

お金に縛られていたから辞められなかったんですね。

おかね、欲しいです。

 

逆に夫を縛ってしまったので、申し訳ない、どうにかしなくては、という気持ちがあります。

 

 

 

 

結婚~退職、妊娠出産

転職した先では数年お世話になったのですが、そこでは適正があったのか、驚くほど仕事が楽しくて評価も高く、これまでは何だったんだ、と思いました。笑

 

前の担当者が3時間残業していたところを定時で普通に終わらせていたので あれ?自分って実はできるんじゃね? とか、少し自信が持てました。

上司や周りの人とウマがあったのも良かったんです。

 

しかし、楽しいけれど、結局は労働収入で、働いても給料はあまり上がらず、好きでもない通勤電車に揺られて出社して仕事内容も大きく変わらない…これはこれでダメになる。と思いました。

 

自分で何かに挑戦していくことがないと退屈はしてしまって、自分の場合はそれを趣味にはできないことをこれまで痛感してきていました。

 

 

 

そんなときに妊娠がわかり、出産を機に退職しました。

 

元々インドアで会社で働くのは微妙だと思ってましたから、出産してから在宅で稼げる方法はないかなと探していました。

 

 

 

現在

時間ない!

でも外で働きたくない!

ライターはやったことあるけどクライアントの仕様縛りが厳しくて、テーマしばりがつらくて単価低いし無理だった!

もう同じようなことになりたくない…

稼げる力が欲しい。

ブログとかサイト作ったことある!

調べたら稼げそうじゃん、やってみるか

我流でブロガーを目指す、

挫折。

サイトアフィリの情報商材を買う

案件選びがわからず、サポートをつかうまでもなく挫折。

アドセンス!記事書き苦痛…

挫折。

メルマガを知る。

塾に入る。

文章を書くのは好きだから、良いなと思い、

そこで、人に価値を与えることこそお金になることと知る。

外注でアドセンスをはじめる。

地道に、一つのことだけやって、

その範囲で人に価値提供をして稼ごうと決める。

ネットで稼ぐ、という仲間ができて嬉しい。

なんか応援してくれる人がいっぱいできてきた。

いっぱいいっぱいになって

途中、倒れる。

復活。

なんか毎日が挑戦なので充実している。

家事育児に奮闘しつつ、今に至る。

稼ぐ力をつけるため日々がんばる。

 

 

という感じです。

 

 

 

自分がインプットしたいものと、アウトプットしたいものがチグハグな生き方をしてきてしまいましたが、ようやく今、合致しています。

 

日常全てがネタになるのでとても楽しいですし、

 

投資をした以上、絶対に取り返すし、それ以上に稼ぐんだ!

お金を稼ぐ実感を、自分の手でつかみとるんだ!

お金を稼ぐ力があれば、お金に振り回されない!

 

 

という気持ちで、勉強させてもらう日々です。

 

 

 

 

長―――い自己紹介をここまで読んでくださり、

本当にありがとうございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

サイト名:「ヒモポイント向上計画!」の由来

ヒモ…

ヒモ男などに代表される、

自分で働かないキャッシュポイントを持っている状態

 

 

ポイント…

経験値、能力値

とりあえず自分で働かなくても

お金の入ってくる状態を作りたい!

そんな欲望がこもっています。

 

 

ネット上の仕組みに働いてもらいたいので、
そのための仕組み作りのプロを目指しています。

 

 

管理人:宇野詩織

外注を使って

2000記事以上のブログを

運営しており、

その実績から、

アクセスアップ方法等を

配信しています。

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